2010年06月03日

遠くなった昭和のプロレス。金網デスマッチの鬼、ラッシャー木村さん死去のニュースを聞いて。


先月、国際プロレスの元エース、ラッシャー木村さんが亡くなった。
2〜3年前、新宿区の○母病院で健康診断を受けた時、待合室で車椅子の木村さんを見かけた事がある。顔見知りであろう女性の看護士さんとにこやかに話していた木村さんからは金網の鬼と呼ばれたリング上の荒々しいオーラはなく穏やかで優しい雰囲気が漂っていた。病院で車椅子である。体調が万全であるはずもない事は察しが付くが、特に衰えた印象はなく太い腕、骨太の体型は十分迫力があった。

現役時代の木村さんはアントニオ猪木の敵役のイメージや全日本プロレスノア移籍後のコミカルなパフォーマンスを思い浮かべる方も多いかと思う。だけど僕の様な40代後半のプロレスファンは、今は無き国際プロレスのエース、金網デスマッチの鬼としての木村さんの方がしっくりくる。

大相撲出身で比較的地味な風貌からジャイアント馬場アントニオ猪木の影に隠れてなかなかプロレスラーとして正当に評価された訳ではないが、そのガチンコの強さは桁外れだったとするプロレス関係者も多い。

昔のプロレスラーから最近のフリーファイトの選手までリング内外において対戦相手への暴言や過剰に自身の強さを誇示する挑発(実際強いかどうかは不明だが)は、プロである以上、選手の一つの仕事となっている感はある。木村さんの場合はそんなパフォーマンスからは無縁の男であった様に思う。

偶然コミカルな才能が開花した全日本プロレスノア時代のパフォーマンスも本意ではなく、客の入りが少ないなど厳しい時代ではあったが国際プロレスのエース時代がラッシャー木村の絶頂期であったと勝手に思うのは僕だけであろうか?

生活が許すなら新日本プロレスなんか殴りこまないで、例えB級団体と陰口を叩かれようが国際プロレスのエースとして活動したかった様に思う。その後の永源遥とのコミカルな抗争もやりたくなかったはずだ。

勝手な思い込みを長々と書いたけどラッシャー木村さんのご冥福をお祈り致します。木村さん、天国でもプロレスをやって下さい。くれぐれもジャイアント馬場と義兄弟タッグなど結成せず、得意の金網デスマッチジャイアント馬場の兄貴をKOして下さい。
posted by ゴメス at 16:54| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | プロレス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする